人は時として豹変する事がある。
学生の頃の知人、中村もその一人だ。 彼が豹変(変身とも言える)するには、250mlほどのアルコールがあれば良い。 学生の頃、私はバンドを組んでいた。当時は音楽が楽しいという理由よりも、ただ女性にウケが良いと言う理由で楽器を手にしていたが、その思考から生み出された結果は、常に不満足な物だった。 中村は私のバンドの手伝いで、ライブになると荷物を持ったりビデオを撮る係りだった。 どちらかと言うと内気であり、あまり人に意見するタイプでも無い。 ライブも終わり、打ち上げ会場へ向かう途中も、中村は文句も言わずに重い荷物を運んでくれていた。 反省会と称した打ち上げ会場は、居酒屋で行われた。 そこで話す議題としては、常に女性の話が多かった。 誰が誰と付き合ったとか、「あいつはさ、奈々子が好きなんだろうね」など、若い頃にはその類の話ししか存在しないのでは無いかと思える程である。 1時間が経過した頃、ふと中村を見るとアルコールを口にしていた。 彼には酒類は厳禁であると聞いていた。その理由はわからなかった。 「おい、お前は酒やめとけって」 理由はわからないが、そこに居た一人の人間が言った。 「ああ、ああ、分かってりゅ」 すでに遅かったようだ。中村は目の前にあったビールを飲み干していた。 それは隣の席の人間の酒であり、彼が注文した烏龍茶は半分以上残し、テーブルの済に置かれていた。 「いやね、違うんだよ、違う・・・違うって!」 何故か声を大にして叫ぶ中村。 皆が一斉に「すいません、店員さん、ウーロン茶を大至急!」と注文していたが、今更酔ってしまった人間に飲ませても仕方ないと思う。 「いいか、いつも、いつも・・・いつもだ・・・いつもなんだろっ」 何が言いたいのか分からないが、彼の意見を聞いてみたいと思う。 「いつも、荷物ばかり飲ませやがって」 持たせやがっての間違いだろう。飲めるとしたら、君はスターだ。 「そうだよ、持たせららって。一体何だっつ~の!」 怒ってるのか、笑っているのか分からない表情だ。 「オレだってな、バンドしてーんだよ?何で持たすわけ?」 全員が無言だった、表情から察するに「何回も聞いた」と言う顔だった。 途中から入ったバンドなので、今までの経緯は分からない。 「第一だよ?第一って言えば、安全ですから」 すでに意味が分からない。ヘルメットでも被りたいのだろうか。 「だから、オレが持ってる理由を教えてくれよ」 私も知りたい。 「モテたいって言うのに、持ってるのは荷物だけ、これ伊賀忍」 これいかに? 「ふああ~あ、何だか面倒くせ~よ、酒持って来い!」 「もうやめろって、いいからやめろよ、な?」 中村の肩を軽く叩きながら、持っていたグラスをテーブルに置かせようとした。 「おい、触るなよ、触れるな。俺の後ろに触れると、あびないぜ」 何を浴びるのかは定かでは無いが、紫外線よりも強力な何かだろう。 「いい?君もね、シッテル?聞いてるかな?」 私に話し掛けてきた。どうやら、標的は確かであり、目的も定まったようだ。 「君は知らないかも知れないけどね、オレね、メンガーだったんだぜ?」 よく分からないが、メンバーだった? 「そう、このバンドのね、練習しないから下ろされたんだよ」 それは君の責任だろう。 「そう、何で練習しないか知ってる?」 私にはわからない。 「オレにもわからな~い、あはははは」 酔った人間と言うのは実に楽しい。ビデオに録画して後で見せてやろうと思い、8mmのビデオカメラを鞄から出そうとしていた。 「何だ?何だ?荷物ですか?はいはい、僕が取りますよ、いえいえ、御代はいりませんよ」 それくらいで料金が発生してしまうと、社会的に困る。 「何が欲しいんでしゅか?とりあえず、酒もってこい!」 「あううう、ゲホゲホゲホゲホ」 吸えないのに、隣の人間からタバコ取りあげ、口にしていた。 「煙を吸う人間の気持ちが分からんね」 吸おうとした君の気持ちが分からない。 その後一時間あと位に、トイレへと連続で行き、何度も食べた物を戻していたようだ。 冷静になると、何を言ったっけ?と言う顔で普通に話していたが、あの豹変ぶりは素晴らしい。 後日、少しだけ撮る事が出来た映像をみせると、中村は涙ながらに謝罪をした。 何もそこまで謝る事が無いだろうと思った。 「もう二度と、酒は絶対に飲まない!」 彼はそう言っていたが、中村の「飲酒物語」はまだまだ続くのである。 #
by koublog
| 2005-05-17 16:33
| 愉快な仲間たち
箱から取扱説明書を取り出し、必要な項目だけを読んでいた。
「最初に言葉とその意味を教えてください」 最近になってロボットを購入したのは、ただ話し相手が欲しいからだ。 形にはこだわっていないし、必要な機能は会話だけで良かった。 背中に電池を入れ電源をONにする。 「起動しました」 機械が発しているとすぐに分かる音で、いや、この場合は声と言う表現が適切なのかも知れない。その声はスイッチを入れた瞬間に発せられた。 何も起動した事まで言葉じゃなくても良いが。 コミニュケーションを取るのだから、最初に挨拶を教えよう。 「挨拶とはなんですか?」 挨拶の意味を教えるのか・・・。 挨拶とは、会った人に言う言葉だ。 「人とは何ですか?」 ある程度入力してくれて無いのか? 説明書を読むとこう書かれていた。 予備知識をいれると、余計な情報が入るので、当製品では初期状態で何も入力されていません。お客様好みのロボットになるよう、情報を追加して下さい。 そういう事か・・・。 「人とは何ですか?」 人は、私の事。 「あなたは誰ですか?」 私は人だ。 「人はあなた」 正しいがあなたってのは嫌だな。 私はご主人様だ。 「ご主人様とは何ですか?」 ご主人様は・・・なんだろうな。一番偉い人だ。 「ご主人様は偉い」 こうして私はロボットとの会話を楽しむ為に、必要だと思える言葉を覚えさせている。 そんな作業を数週間ほど続けていた。 電池は一度入れれば充電の必要も無く、動く動作で自己充電される物で、言葉を教える以外のメンテナンスはさほど苦では無かった。 とにかく、言葉の意味を教える事が重要で、それに費やした時間を考えると実に不愉快になる。考えるのを止せば良いだけの話だ。 今日は道徳の時間だな。すっかり教師となっている私は、教え子であるロボットにたいして人間の道徳を教えていた。人の文化をロボットに教えると言う、実に不思議な出来事を自ら作り出しているのである。 「なぜ駄目なのですか?」 何故・・・それは命と言うのは尊いものだからだよ。 「命は尊い」 そう、尊いんだ。この世で一番重いものなんだ。 「一番重いものは、地球だと教えられています」 いや、そうなんだけどね、地球は重いけど、質量の問題じゃないんだ。 「正しい情報をインプットして下さい」 またかよ、こればっかりじゃないか。 とにかく、人の命は大切、何よりも大切。 「命は大切、人の命だけが大切」 そう言うわけじゃないんだけど、まあこれで良い。 「命とは何ですか?」 命とは・・・何だろうな。 命とはエネルギィだ。 「命はエネルギィ」 そう、それが無くては動けないんだ。 「充電式ですか?」 そんなことはどうでも良いじゃないか。 ・・・確かに休養しないと充電されない。人は眠る事で充電されていくんだよ。 「睡眠は命」 そういう意味じゃないんだけどね、エネルギィに変換する場合に、睡眠が欠かせないんだ。 「睡眠が欠かせない命」 そうでもない。全くこれは不良品なんじゃないか? 「そうでも無いですよ」 お前が言うんじゃないよ。 「初期不良は二週間以内ですしね」 ずいぶん言葉を覚えたじゃないか。それにしても急に話すようになったな。 「ある程度学習しましたから」 More #
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| 2005-05-12 02:44
| 短編めいた話
|
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